富士山登山 4 (始めて知った高山病)

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4. 始めて知った高山病
 今回一番苦しかったのは、高山病との闘いでした。以前3015メートルの立山に登ったときはなんともなかったので、高山病という意識はまったくありませんでした。10歳の息子は、7合目当たりからすでにしんどいと言い出したのですが、なんとか「頑張れ!」と励まし続けたり、時には、「お前は、男やろ! 苦しいときこそ逃げたらあかん。お父さんと一緒に、日本一の山頂にあがろう!」と発破をかけてきました。

 そして、何とか8合目の山小屋までは到着しました。そこで、2時間の仮眠を取りました。息子は、布団に入った瞬間にすぐ熟睡したので、やはりかなり疲れていたようです。そして午前0時、元気を取り戻して一路山頂へと歩き始めたのですが、出発して1時間程度歩いた9合目の手前当たりから、息子はだんだんと吐き気をもよおし、顔色も悪くなって目の焦点もずれてきました。私も、何とかして一人の脱落者も出さずに頂上を目指したいという思いと、息子の顔色を見ながら、リタイアすべきかも知れないと悩み続けていましたが、とうとう息子の唇が紫色に変わってきたのでこれはもう限界だなと諦め、息子を連れて下山することを決意しました。私自身も少し頭が痛くめまいもあったのですが、何とか登頂したいという気持ちが強く、息子と一緒にリタイアするのは非常に残念な気持ちで一杯でした。

 しかし、そこで当社の大森専務が、「昭徳君は僕が連れて降りるのでみんなと一緒に山頂まで登って。社長が山頂にいないイメージはないので、とにかく他のメンバーを連れて登ってくれ」と泣かせるようなことを言ってくれたのです。二人の譲り合いの問答の末に、結果的に大森専務に息子を任せることにして山頂を目指すことにしたのです。大森専務は、いつも私がピンチになると私の犠牲になるというか身代わり役を買って出る。まぁ、戦国時代でいうとしんがり役を自然とやってくれる親友なんですね。正直な気持ち、ふらふらの息子を励ましたり、手をつないで気を使いながら登ってきたので、いなくなってみると寂しくもありましたが、肩の荷がおりた感じで少し安心しました。

 息子を任せた大森専務と松山さんに申し訳ない気持ちと、そのすばらしい対応に感謝しながら、気合を入れなおして頂上へ向かうことにしました。人間は、究極に追い込まれたときにどういう判断をするかでその人の値打ちが出てくるんですね。改めて素晴らしい仲間と一緒に仕事ができるという喜びを噛みしめました。これだけでも、この富士山に来た会があったというものです。大森専務!松山さん! ほんとうにありがとう。

 それにしても、マラソンの高橋尚子選手は4000メートル級の高地でトレーニングしているということを思い出して、やっぱりすごい努力をしているんだなぁーと感心したものです。

5. 人の多さと外人のタフさに驚いた に続く・・・
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by humanforest | 2006-08-15 10:14 | チャレンジ
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